2010年12月13日月曜日

日記になってしまった

2週間に一度は、ブログ更新と決意をしたのに、なかなか実行できない。ブログなのに、文章を書くって意識が強くて構えてしまうのと、忙しいときは、書こうという気持ちになかなかなれないという理由だが、まあ、読者(ブログを見る人を何ていうのだろうか、読者でよいのかな?)も少ないし、あまり構えないで、更新のことも考えないでぼちぼちやっていこうとは思っているが・・・。ブログという通信メディアは、「時間の脅迫」あるいは「コミュニケーションの脅迫」の観念を埋め込んでいるので、あせる。だから、少し時間を空けたブログでは、こんな言い訳からスタートすることになってしまうが、よく考えると、この「言い訳け」が誰に宛てているのかもわからない。おそらく書くぼく自身に対してなのだろうが、それは、この現代のITが抱えてしまった逆説的な「閉鎖性」のせいではとも思う。
ともかく、この3週間ほどは忙しかった。日常業務以外のことが多かったからだ。まず徹底健康診断をやった。数値が少し高い項目もあったが大した問題はなし。胃と大腸のカメラもやった。先生の技術が高くて、こんなに楽なカメラ検査はなかった。だから、これまで以上に自分の胃と腸の観察を楽しめた。これまでにも感じたのだが、自分の内蔵の色が奇麗なピンクに感激するのだ。この歳になっても内部はピンク!
もちろん、こうした検査では食事を抜いたり排泄したりしなくてはいけないので、検査後の食べ物への欲望が過剰に増大する。検査後に「何を食べようか」と妄想するのだ。そして、妄想は確実に期待を裏切る。つまり、妄想のあまり、検査後の食べ物選択に失敗するのだ。今回もひどかった。美味しいものを食べようと思いすぎるあまり、ひどいものを食べてしまったのだ。加えて、今回は大腸検査の後、映画を見ることになったのだが(美味しい食べ物を探しながら歩いていて映画館にたどりついたからだが)、その映画がひどかった。「SP」である。
こんな週末をはさんでの数日があり、あとは東京に2度行った。ひとつは秋から関わることになった文化庁の「メディア芸術コンソーシアム構築事業」の「オープントーク」。「メディア芸術」というカテゴリー(?)について、シンポジウムのように硬くなく、もう少しくつろいだ雰囲気で話し合おうという集まりである。第1回目の東京はそれなりに満足した。この「オープントーク」は年が明けてから5カ所くらいで行われるので、興味ある人はネットで検索して下さい。
もうひとつの東京はこの週末。渋谷の松濤美術館で「大正イマジュリィの世界」展にあわせての、大正イマジュリィ学会の例会。久しぶりに発表した。ものすごくラフに話してしまって、ちょっと反省もした。でも、学会発表という場で考えていることを話すのは、勉強になっていい。歳をとってくると、そうした機会が減ってくるので、ここは図々しくやろうかと思っている。展覧会は学会の常任委員で、もう腐れ縁という言葉の関係になっている山田俊幸さんの監修になるもので、挿絵や絵封筒、絵葉書等々の小さな美術世界を通して。大正という時代の美意識がうまく出ていて楽しめる。カタログを兼ねた本も出版されているので紹介しておきます。『大正イマジュリィの世界』(ピエ・ブックス、2200円)。
それから11月の終りから関係する展覧会が二つ。ひとつは大学情報館での『ロックな時代1968-78ー中村冬夫写真展』。若い頃からの友人の写真家冬夫さんの、井上陽水、浅川マキ、遠藤憲司、カルメンマキなどなど、当時の歌い手たち、それから田村隆一、吉行淳之介など文学者、その他多くの時代の人間たちが白黒の写真に焼き付けられた作品を展示したものだ。ぼくなんかの世代は涙が出るが、この時代は、ノスタルジー感とは別に、もっともっと振り返る必要があると思っている。この展覧会はもう少しやっています。二つ目の展覧会は家内の書展。身内がこうしたことをすると緊張する。うまくいったのでホッ!!!
「動いた!」というこの3週間だった。展覧会もいくつか見た。京近美での『上村松園』展から東京現美の『トタンスフォーメイション』まで。動いていると頭の細胞が刺激されるし、授業で学生に伝えたいことも多く出てくる。悪いことではない。ただし、じっくり本を読む時間が減る。本といえば、情報館のリーラボ(リーディング・ラボ)という本を巡る集まりに『暮らしの手帳』編集長の松浦弥太郎さんをゲストに迎えた。不思議な人だった。次回は歌人でエッセイストの穂村弘さんがゲスト。
だらだらと、ここ3週間あまりの日記?報告記?のような文章になってしまった。これも記憶力維持のためのアンチエイジングだと思って、納得はしているのだが。ブログを始めたのは芯のあるエッセイを書きたいと考えたからだったので、次回からは・・・。