2013年4月19日金曜日

ヘルマン・ニッチュ、少女時代、プルースト

前回、久しぶりのイタリア旅行に感激して紀行記1を書いた。第2弾もと考えていたが、何とそれから1ヶ月以上も経ってしまった。紀行続編を書く気分が薄れてきた。ブログは旬のものなんだと今更ながら感じる。ただし、前に書いたローマ近郊のフラスカーティ(白ワインの産地)での「カラヴァッジオについて」展の後日談は書かなくては。そのカタログが欲しかったので(現地ではできてなかった)、ネットで検索していくつかの関係筋のオフィスにメールを書いた。そうしたら、どうしたことか、出品者の一人ヘルマン・ニッチュ(Hermann Nitsch)の財団にメールが届いてしまった。ウイーン・アクショニストと呼ばれる超過激な生け贄の儀式のようなパフォーマンスで知られるアーティストである。他にもいろんな活動をしていることは、この1ヶ月で知ったが、その財団からニッチュについての分厚い本が送られてきたのだ。それも航空便で。「ニッチュに興味をもってくれてありがとう」というメッセージも付いて。「カラヴァッジオについて」展のカタログがありませんか、と書いたメールが、何故ウィーンに行ってニッチュの回顧録的な本が届いたのか。こんなことがあると感動する。そもそも、ローマで展覧会のパンフレットを偶然見つけ、行ってみるとびっくりする展覧会だったという幸運、そして、ニッチュの本。関係した人や物事が好きになる。でも、「カラヴァッジオについて」展のカタログ注文のメールへの返事はまだ来てない。イタリアだからしょうがないか、あるいはカタログは制作されなかったのか?一緒に旅行に行った小西くんが写真を撮っていたので、それをパソコンに。そのうち授業か雑談で話しようかと思っている。
前回、トスカーナ地方の味のないパンのことを書いたが、ピザに到達した人間として、もちろん、イタリアでピザはよく食べた。といっても、反ガイドブック派なので、どこでも基本的には勘と人に聞いて食べる所を探す、つまり行き当たりばったりで店を選んでいるのだ。このやり方の成功率は実はかなり低い。食べ物業界はヨーロッパでも日本でも80%以上は情報化されているからだ。ただ、行き当たりばったりで成功しなくても、偶然の幸運を夢見ることができるので、それなりに満足できるのだ。そのピザでは、大きな幸運はなかったのだが、ヴェネツィアで1店だけ気になったピザ屋があった。
サンマルコ広場のかなり裏手のテイク・アウトのチープな店だが、けっこう人が入っていた。お腹がすいていたこともあって入ってみた。そこでアンチョビのピザを頼んだのだが、これがなかなか。これまでヴェネツィアで食べたピザの中で一番美味しかった。そして、安かった!5ユーロ(当時550円くらい)。それで、このレベル。日本の有名ピザ屋よりもちろん美味しかった。ちょっとした感激で昼からビールを2本も飲んだ。そのおかげで、その日(イタリア最後の日)は何度もカフェに入ってだらだらしたのだった。それなりに知っていると思っても、知らないことは山ほどある。当たり前だが。まだまだ、ピザに「到達した者」とは言えないなと自戒。
もうひとつイタリア旅行の思い出。これは帰りの飛行機の中での新聞で知ったのだが、あのワグナーがフラーリ教会のティツィアーノの《聖母被昇天》をいたく愛していたとのこと。この教会は何度も行っている。それなのにワグナーとの関係は始めて知った。帰ってきてから感激である。ゲーテのトスカーナのパンのことも知ったついでに、もう一度『イタリア紀行』を読んでみようと思うのだった。
久しぶりのイタリア旅行のことを思い出しもしていた3月から4月の始めだったのだが、それもあっという間に遠ざかり、桜も散ってしまった。ぼくの青色の手帳を見ると、3月は春休みなのにいろいろな用事が書き込まれているし、4月は、それ以上に詰まっている。この4月から役職をすることになって、予定表がつまってきたのだ。となると、外食の機会も多くなる。いけないとわかていても、ついワインを飲み過ぎてしまう。酒が弱いわりには40過ぎからお酒の美味しさを知ってしまった不幸か?
相変わらずダラダラ書いているが、この1ヶ月の間で一番驚いたことは、少女時代のコンサートだった。行けなくなった人から買わないかと言われて買ったのだが、これがなかなか「勉強」になった。「勉強」なんて言い方をするのは研究者の嫌みなところだが、年寄りということもある。家内に一緒に行こうよと誘うがあっさり拒否。もう1枚あまっていたので、何人かの若い知り合いに声をかけたのだが、KPOPに興味ある人がいない。ぼくは孤独に韓国ファンをやっているので、同類の仲間がいない。少女時代はパリのKPOPフェスティバル(1年ほど前のこのブログに書いた)で一度見たのだが、そのときは2PMや4MINUTEに負けていていたので、最盛期は終わったのかと思っていたら、ライブは違った。驚いたのは、すべてが映像化されていることだった。ステージ背後の大きなスクリーンに映る、物語仕立てから抽象的なものまでの多様な映像、ライティング、水や火による仕掛け、埋め尽くしたファンが同じリズムで振る薄紫の電子団扇、そして少女時代という9人の歌と踊り。これらが一体化して構成されるステージは、コンサートというより立体的映像ショウだった。少女時代自体も映像と化していた。ぼくが現在のライヴ・シーンに疎いためもあるのだろうが、コンサートがこんなにも変容したことに驚いたのだった。ただ、後半のファンサービス(ステージからのファンとの交流)が過剰で、ファンでない者が行く所ではないのかもしれないと、寂しく感じたが、満足。
去年より平日が忙しくなってきたこともあって、週末は家にずっといるようになっている。3月までは、大学の仕事がない日は、銀閣寺道にあるケーキ屋カフェで仕事をするというのが日常になっていたのだが、平日の疲労感があるのか、用事がないときは家で過ごすことが多くなってきた。去年から書き続けている原稿のスピードをあげたいということもある。面倒くさく時間がかかるテーマで、ほんと書き終えることができるのか、とか、ほんとに面白いことなのかどうかもわからなくなっている。この感じは、2年前から読んでいるプルースト『失われた時を求めて』の読書と似ている。もちろん日本語(井上究一郎訳、ちくま文庫)でだ。ふとしたことから読み始めた、この有名な長編はなかなか前へ進まない。新幹線とか飛行機で読もうかと旅行に持っていくが、どうも読む気になれない。結局、プルーストは家で横になって読む、というスタイルに落ち着いてしまった。となると、家にいないときは読まないので、また家にいても、面白いテレビ番組とか原稿のことがあると読まないので、時間がかかっているのだ。その上、読み出すと眠たくなってくる。といって退屈というわけではない。プルーストの長くうねりのある緻密な文体(日本語だが)や、描かれる貴族社会のリアリティーが眠気を誘うとしか思えない。それも、気持ちのいい浅い眠りへと。こんな断続的読書が2年近く続いているのだ。自分でも驚く。こんな読書をするのは始めてだ。やっと7巻の終り(ちくま文庫は全10巻)まで来た。今書いているぼくの原稿も、似たようなペースである。まだ10ヶ月ほどだが。現在、予定の半分近く。プルーストを読み終える頃に、完成させよう。そんな気持ちになっている。
さて、もうすぐ連休。それがどうしたということだが、フットボール・シーズンの終りを告げる季節なのだ。プレミアリーグに数年前のようにはわくわくしないのは、アーセナルの凡庸さのせいである。ただし、パリ・サンジェルマン(PSG)に何十年かぶりに力が戻ってきたので中継を見るようにしている。昔、ジョージ・ウェアーがいた時代を思い出す。バルサとの第2レグは、見応えがあった。加えて、フランスのナショナル・チームも上昇中。3月のスペインとの試合は負けたけど、ここ10年くらいで一番だった。ともかく、もうすぐフットボール・シーズンも終り、自分の原稿とプルーストのスピードをぐんとあげようと思っているのだが。