2010年8月7日土曜日

激安日帰りバスツアーのこと

昔から旅行ということに興味があった。西洋美術史という専門を選んだのも、旅行好きと関係する。作品を見るためにいろいろな場所に行く必要がある、という口実をもてるからである。旅行好きというのは、もちろん、日常を離れてさまざまなものを見聞することにわくわくするということが一番だが、僕の場合は旅行という形態自体にも興味がある。飛行機やホテルの値段のシステムに始まり、ガイドブックの作られ方やその内容等々、旅行という産業のもつ多様な側面が気になる。
そういうわけで、前から新聞広告や折り込みで入ってくる旅行案内チラシ等々を見るのが好きだった(いまはネットのそれもよく見ている)。参加することは滅多にないのだが、このパック旅行の値段はそうなっているのか、この旅行会社のホテル選択はどうなのか等々、興味が尽きないからである。そうしたものを見ながら、一度、行ってみたいと思っていた旅行がある。それが日帰り激安旅行だ。いつ頃からか、ビックリするような日帰りパック旅行が現われ始めた。記憶では(といってあまり当てにはならないが)、10年ほど前からか?海外(韓国や台湾)激安は、確か、その頃からと思う。ともかく、念願の日帰り激安パックに参加したのだ。1ヶ月以上前のことである。
京都(大阪や神戸発もある)から、天橋立、舞鶴のあじさい園、引揚者記念館を巡る日帰りで、昼食は寿司(10種類)、サザエ、イカソーメン、そしてデザートにサクランボ(佐藤錦)とメロンの食べ放題、さらにさらに夕刻には小腹用のちらし寿司付き、という絢爛豪華な日帰りである。そして、値段はというと、平日だったこともあり5980円!土日休日は、確か1000円アップ。
家内が重い腰をあげて一緒に行ってくれると言ったので参加できた旅行だった。旅行慣れしているとはいえ、熟年の男が一人で参加するのは、三ツ星レストランへ入るより勇気がいる。これまで興味があったのに行けなかったのは、一緒に行ってくれる人がいなかったからだ。集合場所に着いてみると、熟年女性のカップルを中心に多くの参加者が出発を待っていた。朝のなんとなくアニュイな雰囲気などまるでなし。44人乗りのバスが3台。すべて満席。ぼくたちのバスには夫婦連れが3組、若い女性グループが一組、あとは熟年女性のカプルだった。一度、テレビ東京系の旅行番組で、こうしたタイプの旅行を紹介していたので、この構成に驚くことはなかったが、バスが目的地に着く頃になってくると、少しバス内がヒートアップしてくるような感じで、それはテレビに映らない、この種の本質的部分である。ヒートアップしてくるのは昼食事が近づいているからである。ただし、その前に観光。
天橋立では、雪舟の絵にあるような、名所的風景を高台から見させてもらえるかと期待したのだが、それはパス。天橋立散歩だった。でも松並木は害虫駆除のため薬品が撒布されていたので中止。美術史というのに、また、雪舟などと口にしているのに、来たことがなかったのだ。恥ずかしい!そんな気持ちがあり、サイを投げたのだが、上から見ることはかなわなかったのはまあ仕方がない。こうなると必然、この旅行の意図が実感されてくる。天橋立はもう一度来るしかない。
バスは土産物屋の駐車場に着き、店内を通って文殊堂のある智恩寺、そして天橋立へ。土産物屋が通路になっていることに驚いた。さすがである。店内の試食品のお菓子をつまんで、お寺と天橋立松並木の見学。40分くらいで再び土産物屋を通って、昼食場へ移動のためにバスに乗り込む。熱気はもう一段ヒートアップしたような感じがした。そして、「目的地」昼食会場へ。とにかく大人数である。5台以上のバスの客が全員入る会場で、働く人たちも、何と言ったらよいか、愛想を超えた感情で働いているようにみえる。そうして、上記の食べ放題。こちらはビールを頼んでゆっくりとと思っていたが、素人である。そういうことをしてはいけないのだ。こうした旅行に、普通の旅行慣れは通用しないのだ。何よりも食べるのである。女性客が多いので寿司の方は、それほど迫力はない。まあ、味も昔の回転寿司のようなので、それも原因になっているかもしれない。クライマックスは15分間のサクランボとメロンの食べ放題である。
大きなプレートにてんこ盛りしたサクランボ(ちょっとワケあり品と見えた)が1分もしないうちになくなる。2回目、3回目と、サクランボの早食いが続く。テレビ番組を見ているような感じになる。とにかく、サクランボを口に入れ、種を空となった寿司桶に出していく(飛ばすと言った方がよいが)スピードと量が圧倒的だ。いつの間にか寿司桶が種桶になっていくのである。
こうして、全体で40分もたたないうちに昼食は終りとなった。何を食べたのか?どのくらい食べたのか?そんな食事後の心の楽しみ方などするような食事ではなく、何か胃だけが重たい。しかし、食事に伴う感激とはまったく別の感情が口から腹にかけて残ってはいるのだ。高揚感?欲求という名のスペクタクルの参加者となった喜び?徒労感?言葉にならない感情である。食後に自販機でインスタントコーヒーを家内と。何とインスタントが重たい胃にフィットしたことか!
ただし、このあたりで頭も身体が疲れてきたのだった。車中で昼寝して京都まで帰り、W杯を準備することとしようと考えたのだが、ツアーは客を休ませない。観光とショッピング。このあたりの細かなことについては省略するが、ともかく、激安日帰りバスツアーは、想像していた以上のスペクタクルなのだった。ぼくたち夫婦は、ショッピングへの欲望をかなり頑張って押さえたが、みんな土産や海産物をすごく買う。これでは激安にはならなくなってしまうじゃないかと心配するものの、こうした旅行は、そのようにさせてしまうようにシステム化されているのだった。
上に書いた土産物屋を通路とするやり方もそうだし、といるとしか思えない。当然、何度も土産やショップで休憩をとる。人間の購買欲の行動パターンを計算していて買わせてしまうのだ。まあ、近代に成立してくる旅行というシステム自体が、人間の新しい欲望の形式なのだから、当然ともいえるのだが、それが、こうした局地的なところでは、形式は露な姿を見せるということだろう。だからこそヒートアップもする。
というわけで、今度は秋に、ぶどう狩りパックに挑戦してみたいと思っているが、どうやら家内は行ってくれそうにはなく、となると同行者を見つけなくてはならない。

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